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猫は自由。

みなさまこんばんは。齋藤です。

雀が屋根や雨樋でちょんちょんとんとん遊んでいたり、

鴉があっちの屋根とこっちの屋根でだるそ~にしゃべっていたり、

(ええ、彼らは本当にだるそうなんです。

鴉A:「あー、ヒマー」

鴉B:「やることね~な~。なんか~、最近うまいもん食った~?」

A:「いや~、人間が時々もって来て山作ってるあのでけえ袋ん中に食いもんあんのは知ってんだけどさー、
上からもっとでけえ網かぶせてくじゃん?めんどくせ~し~。」

B:「駅前までわざわざ飛んでくのもめんどいよね~。」

・・・・・・絶対日本語に翻訳したら、こんな会話。だるそう。

「カア」って鳴くのも大儀そうで「あー」に聞こえる。)

田んぼが多いので真夏は蛙がうるさかったり、

今は虫の声があはれだったりする齋藤家の周辺には、

猫もいます。野良さん。


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家の目の前の、まだ耕作を再開していないほうの田んぼで、

朝からずっと蛙や虫を追いかけたり日向ぼっこしたりして遊んでる。

どうやらこの田んぼが現在の縄張りらしい。

たまに餌をくれる人もいるみたいです。

この日はたまたま道路に近いところで寝ていたので写真を撮ったのですが、


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「なによお、文句あんの?」

って感じ^^;

猫は自由。
by chicayoshi | 2013-09-29 22:08 | 福島 | Trackback | Comments(0)
今日は、既に木々が色づき始めている花見山公園、が、一望できる某所から、

花見山公園に向けて深々と一礼。

阿部一郎さんに、御礼とお別れです。


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市内の斎苑に記帳台が設けられて、

既に沢山の人が記帳に駆けつけている由。

今日は夕方、

地元の民放ニュースでこれまでの阿部さんのインタビューをダイジェストで流していたのですが、

(2月~3月に蠟梅が咲き始めると、毎年インタビューを受けていらっしゃいました。)

VTRが終わってカメラが切り替わると、

男女のアナウンサーお二人ともちょっと涙ぐんでいるように見えました。

ほんとうに、みんなに愛された方でした。

今度は私たちが花を植えて、咲かせていかなくてはいけませんね。



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by chicayoshi | 2013-09-26 21:27 | 福島 | Trackback | Comments(0)

花を植えた人

みなさま、

福島市の

花見山公園

をご存知でしょうか。

昨日、園主の阿部一郎さんがお亡くなりになりました。93歳とのこと。

今朝の福島民報で大きく報じられています。

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この公園については、

以前「詩客」というサイトの短歌時評でも書かせていただいたことがあるのですが、

齋藤の自宅から徒歩10分ぐらいのところにある、まさに天国です。

私が子どもの頃は地元の人はよく知っていても全国的に知られているわけではなくて、

花卉農家の多い、観光地として大分整備された今よりももっと素朴で、美しい里山でした。

小学生の時の春の遠足でここを訪れて、みんなで阿部さんのお話を聞いたことがあるような。




里山で一人の男性が一本一本植えていった花たちはやがて山一面を覆い、

息子である阿部一郎さんが引継ぎ、

周囲の人たちも花を植え始め、

やがて多くの人々が訪れる花の名所となりました。

日本にも世界中にも、沢山のおとぎ話や昔話が残っているわけですが、

あれらの話って、

阿部さんみたいに誰に名を知られることがなくても何かをこつこつとやってきた人たちがいて、

その人たちの物語がもとになっているんだろうな、と私は思います。


昨年撮って Twitter にアップした写真を、ここにもう一度貼っておきますね。

(これって公園の中の写真じゃないんです。今は公園から溢れるように、あたり一面、花!花!花!)


震災後、渡利地区の放射線量が高くなったりしたことでみんながピリピリしていたあの頃、

阿部さんの植えた花たちがどれだけみんなを励まし、慰めてくれたことか。

花見山公園も一時人が途絶えたのですが、

それでもすぐにまたみんな、花を見に戻って来たのです。


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春になったら、ぜひみなさんも阿部さんが植えた花々に会いに来て下さい。


ありがとう、阿部一郎さん。

どうぞ、安らかに。




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by chicayoshi | 2013-09-25 12:30 | 福島 | Trackback | Comments(0)

中秋の名月

みなさまこんばんは。

ちょうど一週間時間があいてしまった^^;

半沢直樹の怒涛の最終回に、ちょっと放心状態の齋藤です。

さて、19日の中秋の名月+そして満月、皆さまはご覧になりましたか。

きれいでしたね~^^

買ったもののずっと使っていなかったハンディカムで写真撮影を試みたところ、

面白いように綺麗に採れました。

既に Twitter と Facebook にはアップしましたが、

ここで「みしゅみしゅ」にもまとめておきたいと思います。

まずは満月。

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十六夜。

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そして、立待月。

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ちゃんと欠けていってますね。

これ、月蝕を観る機会なんかあったらまた試そうと思います☆


ちなみに十六夜の夜には、こんな写真も撮ってみましたよん。


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満月の夜に試せばよかったです。。。「そうだ!」と思い立ったのがこの日だったもので。


今年の中秋はいつになく名月を堪能できた。

みなさまの街からは、どのような月が見えたでしょうか。


それでは今宵はこのへんで!

おやすみなさい^^。
by chicayoshi | 2013-09-24 20:28 | 福島 | Trackback | Comments(0)

台風一過。

みなさまこんばんは。齋藤です。

台風一過、福島はひじょ~~~~~に、美しい秋の空が広がった一日でした。

あちこちで大変な被害が出てしまったようですが、

みなさまのお住いの地域は大丈夫でしたでしょうか。


さて、今日は母方の祖母の誕生日。

母と一緒に、ケーキを買って祖母が入居している介護施設へ。


福島の市街地からはすこし離れたこの施設、

高台にあり、一年を通して美しい田園風景を楽しむことができます。

台風一過の今日は、この絶景!まさに、実りの秋。

(が、あんまりきれいに撮れなかった。。。)


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「誕生日?あたしいくつになったの?」

もうずいぶん長い間、眠っていることが多くなった祖母、86歳。

「100歳まであと14年、頑張ってよ!」

と母。

きれいだけれどちょっと切ない、秋の空でした。
by chicayoshi | 2013-09-17 23:35 | 福島 | Trackback | Comments(0)

見えない手

みなさま、こんばんは。

本日は二回目の齋藤です。


昨年まで耕作を休止していた我が家の目の前の田んぼ。

耕作を再開し、今年は豊作であります!!

やっぱり秋は、こうじゃなくっちゃね。


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1993年、東北だけではなく日本全体がひどい冷害に見舞われたときも、

ここの田んぼだけは大丈夫だったんです。

ず~っとず~っと、ほんとにず~っと雨が降っていた夏、

ある日のほんの数時間だけ、雲が切れて陽が射した時がありました。

その時、自宅の二階で本を読んでいた私は

「あ、日がさした」と窓に立って外を見たんですね。

本を置いてわざわざ立ち上がるぐらい、その年の夏は太陽を見ていなかった。

で。

見下ろすと、もう夏もだいぶ過ぎたというのに穂が出ていなかった田んぼの稲が一斉に白くて小さいあの花をつけていて、

そこをものすごい勢いで風が吹いていたんです。

ざわざわ、ざわざわ。

わさわさ、わさわさ。

ざんざんざん、ざんざんざん。

ざんざか、ざんざか。

ざんざんざんざんざん。


風はあっちからも、こっちからも、という感じで激しく吹き、

すごい勢いで稲の穂を「ゆさぶって」いました。

まるで目に見えない大きな手が、田んぼの表面を動いているように。

ご存じの通り、稲は風媒花。

陽があたって花が開いたところに風が吹けば、一気に受粉が進みます。



既に深刻な不作が心配されてさかんにテレビなどでも報道されていましたが、

高校生だった私は、直感的に思いました。

あ、この田んぼは大丈夫だ、と。


かくて秋。

多くの田んぼでは稲に実が入らず、

あるいはいもち病が田んぼ一杯に広がって大変なことになっていたのですが、

やっぱりこの田んぼの稲だけ、いつもと同じようにたわわに実っていたんです!


あとからこの田んぼの持ち主のおばさんに話を聞いてみたら、


「そうなんだ。大変な家がたくさんあっからあんまし大きな声ではいえねんだけど、

うちだけでなく、この辺の田んぼはとれたの!

だがら、テレビの言ってっことばっかでは、わがんねんだよぉ?」

と、そっと教えてくれました。


ウソのような、でもホントの話。

私は今も、この田んぼには神様がいて、

大変な時にはあんなふうに「見えない手」がおりてきて助けてくれる、と勝手に信じています。



それでは今宵はこの辺で!

台風が、みなさまのお住いの地域からもうまくそれてくれますように。
by chicayoshi | 2013-09-14 20:32 | 福島 | Trackback | Comments(0)

ざわめきやまない

まさかと思っていた。
母が家を出た。
置き手紙のうしろで
夏の終りの花々が
そそけた枯れ姿をさらしていた。
ガーベラが。
サルビアが。
おにゆりが。


こんな主人公の独白をプロローグとして始まる高田桂子の小説、

ざわめきやまない

は、中学生の時に出会い、何度も何度も読み返してきた本です。

物語は、九月から始まります。初めてこの本を読んだのも、やっぱり九月。そして今も、九月。

昨日久々に手に取ったら、また夢中で読んでしまいました。

舞台は1980年代後半の東京郊外。

主人公は、子どもの頃からお父さんの仕事の関係で転校を繰り返してきた公立中学校の三年生、里子。どの転校先でも上手に学校にとけこんで、両親にわがままらしいわがままも言ったことがない。大きな病気や怪我もなく、成績も優秀。

今の学校も二年生の三学期に地方から転校してきたばかり。
三年生の一学期には学級委員や修学旅行準備委員会、「その上、(里子とは別な子の)急な転校で空きの出た生徒会の書記の役まで、なぜか引き受けてしまった」という、「いい子」。

中学三年生の里子をまた転校させることはできない、とお母さんが訴えたことで、再び転勤となったお父さんは現在島根に単身赴任中。
が、過去にこの家族を襲ったある大きな悲しみと、仕事に逃げてその悲しみを共有してくれない(ように見える)お父さんへの失望によって、二人の関係は冷え切っています。

少し前から孤独を募らせ精神的に追い詰められていたお母さんはそして、家を出て行ってしまった――

里子が何度電話して助けを求めても、仕事を理由に単身赴任先から帰って来てくれないお父さん。
二日後、おばあちゃん(お母さんの母親)が京都から駆け付けてくれて、学校の先生や友人たちにお母さんの失踪という「大スキャンダル」を隠しながら二学期を迎えた学校に通う里子ですが、これまで通りの「いい子」のままでいることができません。

「ざわめきやまない」。

物語のタイトルとなっている「ざわめき」とはすなわち、
両親をはじめとする大人たちや、社会の理不尽に対する、疑問や怒り、そして哀しみ(悲しみ、とはちょっと違う)。さらに、それをずっと我慢してきた里子が自分の心の奥底を初めて見つめた時の、戸惑い、です。
必死に現実を乗り越えようとする中で、里子は裡に秘めていた心の「ざわめき」に、耳をふさぐことができなくなっていきます。

分厚い眼鏡をかけておでこやほっぺたのにきびを気にしながらこの本を読んでいた当時の私は、
たちまち里子の「ざわめき」にいたく共感し、心から声援を送り、「私も受験がんばろう!(←ちょっと違う)」と誓い、
以来この本は、いつも私の本棚のすぐに手の届く場所にあったのでした。

当時は同世代の「友だち」だった里子ですが、
久しぶりに本を開いて「再会」すると、当たり前ですが中学生のままですから、
今回は気がつくと先生のような、母親のような、そんな気もちで里子の心を追っていました。
思えば遠くへ(行って帰って)きたもんだ。。。


たくさんのやむことのない「ざわめき」の中から、里子はあるひとつの答えを見つけます。
この答えは私の心の中にもしっかり仕舞われていて、当時も今も、変わらずに私を励ましてくれます。


ちなみにこの年齢になると、
家を出てしまった里子のお母さんの気もちも、ひりひり痛いほどよくわかる。
鏡台に一本だけ残された、もう底が見えているのにまだつかわれていた口紅。何度も踵や底を修理して履いていた靴。これは「倹約」なんかじゃ決してなく、自分で自分を罰していたんだよね。ずっとずっと。

初めて読んだ当時も里子と一緒になってじーん、と感動していましたが、おばあちゃんが京都弁で里子に語りかける言葉も、ひとつひとつがあったかくて、重い。

えらい、思うてますえ。なかなか口にはできひんことやけど。里子ちゃんのこと、尊敬してますえ

里子とおばあちゃんはこの物語の中で実に様々なことを話し合うのですが、
めいっぱい頑張ってしまって、心の大事なところがぷつん、と切れそうになってしまった時に必要なのは、
きっとこんなシンプルな言葉。
でも、おばあちゃんは家を出るまで追い詰められていた自分の娘には、言ってやることができなかったんですね。
だからこそ、今、同じように自分を追い詰めそうになっている孫の里子には伝えたい、と思う。

それから、転校を繰り返してきたが故に「友だち」というものにどこか冷めていた里子が初めて「一生の友だちになれるのでは」と思う少女、佐藤千佳。
我慢に我慢を重ねたお母さんが残していった古い口紅のくすんだ色とは対照的に、帰国子女の彼女が耳に光らせて敢えてはずそうとしないのは、真っ赤なピアス。
薄い刃物のように鋭くて脆い心をもちながら、自分の力で自分の進みたい進路を勝ち取った彼女。
痛々しいけれど眩しい彼女の強さには、やはり今回も励まされました。


先ほど冗談まじりに「受験頑張ろう」と誓った、と書きましたが、
この物語の一番大きな柱はもちろんそんなんじゃなくて、
世代も生き方も違う女性たちと関わってていく中で、
里子という15歳の女の子が、
女性であるというのはどういうことか、女性としてどんなふうに生きていきたいのか、
15歳なりに考え始める、というところなんですね。
高校受験が終わっても、当然里子たちの、私たちの、人生は続くのです。
この本を読んでいた私が、今もこうして生きているように。


ジャンル的にはジュブナイル、なんでしょうね。
現在では非常に手に入りにくくなっていますが、
この作品は1990年に第12回路傍の石文学賞を受賞しておりまして、
(その他の歴代受賞作は灰谷健次郎の『太陽の子』『兎の眼』、黒柳徹子『窓際のトットちゃん』など)
Amazonでは何冊か中古で出ているようです。

図書館なんかにも、入っているんじゃないかなあ。
興味のある方は、是非。


今日はちょっとイレギュラーな「みしゅみしゅ」でした。

明日は久々の東京歌会のため、東京へ。

それでは皆様、ごきげんよう!



※2013年9月16日 加筆修正しました。
by chicayoshi | 2013-09-14 14:11 | | Trackback | Comments(5)

カゲロウは、吹雪よりも

みなさまこんばんは。齋藤です。

今日の散歩は、ちょっとコースを変えてみました。


で、いつもとは違う橋に来てみたら、出てました、看板。

一年過ぎるの、早いなあ。

阿武隈川中流域にこれから大発生する(であろう)カゲロウは、

なんか年々大発生して乱舞する場所が変わっているような気がしますが、

今年はどうでしょうか。

人間が様々なことに右往左往している間にも地球は回り、

生きものは着々と命を繋いでいきます。

(ちょっとNHK風に)

それでは今宵はこのへんで!

おやすみなさい。



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by chicayoshi | 2013-09-11 23:13 | 福島 | Trackback | Comments(0)
みなさまこんばんは。齋藤です。

東京オリンピック、決まりましたね。

蓋をあけてみたら、マスコミや評論家がさかんに喧伝していたこととかなりの「温度差」があったんだな、

という印象。以上。(これは皮肉です。)



さて、シリア情勢に関連して、本日は本の紹介。

ターハル・ベン=ジェルーンの、

アラブの春は終わらない

それから、

火によって

の2冊。

作者はモロッコ出身の作家で、

1987年に

聖なる夜

でゴンクール賞

を受賞しています。

どちらもあっという間に読めてしまいますが、

特に『火によって』は、なんかもうこんなに救いがなくていいのか、とやるせなくなります。

あのデモに参加した若者たちの心情をここまでシンプルに、かつ的確に、

ひたひたと読者の胸に刻み付け、共感を呼ぶ小説ってなかなかないのではないかと。


この『火によって』の翻訳を手掛けた岡真理氏は、

彼女の著作である

アラブ、祈りとしての文学

の中で、

文学は祈ることができる

ということを述べています。

この二冊もまた、

自らの立場から真摯に文学を追究してきた一人の作家の、切実な「祈り」です。
by chicayoshi | 2013-09-08 20:39 | | Trackback | Comments(0)

戦争と「はちみつ」

みなさまこんばんは。齋藤です。

さて、今日は、昨日福島民報のリレーエッセイ「ティータイム」のコーナーに掲載された、

戦争と「はちみつ」

を転載いたします。

いつもは掲載されてからかなり時間が経っているものを転載しているのですが、現在のシリアの状況を考えると、ぜひともこのタイミングで「みしゅみしゅ」を訪れてくださっているみなさまにも読んでいただきたい、と思いました。

この極東の田舎町にいて、私はまったく無力です。

アブダビにいればまだ、彼女の家に飛んで行って抱きしめることはできたかもしれません。

今私にできるのは、彼女にメッセージを送り続けることと、彼女と彼女の家族のことを、日本のみなさんにも知ってもらうこと、それだけです。

ちなみに、これはツイッターでも少し書いたのですが、彼女は私がアブダビを離れてから少しして、突然公立小学校の教師の職を解雇されています。ご主人も一緒に。彼女のメールによると、

「今後公立学校での英語の指導は全て欧米人の教師を雇うから」

ということでした。彼女たち、シリアやレバノン、パレスチナ出身の教師たちがこういう国の事情に振り回されるのは、実は珍しいことではありません。UAEでは建国以来、欧米からだけではなく、アラブのいわば「先進国」である、イラクやシリア、エジプトなどから多くの教師や医師、弁護士などの専門職を集めてきており、彼らの力もあって発展してきた部分が大きいのですが、数十年経って教育の水準もだいぶ上がり、多くの高等教育を終えたUAE国民の雇用を確保する必要が出てきたことや(単純労働はさせられません)、今後原油の輸出をもとにした国の維持がどんどん難しくなっていくことが予想されるため、積極的に国民の労働力を高める必要があること、などから、外国人(アラブ人)の待遇がめまぐるしく変わっているのです。(なんだかんだで別の民族、部族ですから、差別意識もあるのかもしれません。)

私がいた頃には

「今後公立学校では、UAE国籍の教師を**割以上雇用しなければならない」

という通達がやはり突然出され、

「この学校はその基準を満たしていない」

という理由で、パレスチナ人の同僚がやはり新学期が始まったばかりだというのに転勤を命じられていました。朝、エクラスたちが泣いていたのを今でも覚えています。

私はこれまで

「アラブ」=「危ない、野蛮、遅れている」「テロや戦争ばかり」

という日本の人が多くもつ(私自身ももっていた)ステレオタイプを払拭したくて、できるだけ

「あったかさは日本と変わらないんですよ」「アラブの文化って、いいでしょう?」

という書き方をしてきました。(このスタンスは、これからも変わらないとは思います。)
でも正直に言えば、私の中東情勢に関する知識は今もって全くの付け焼刃で正確に書ける自信がない、ということもあったのです。

でも、少なくとも今は、自分の知っている彼女たちの現実を、ささやかでも書かなければならないと思いました。私の書き方で。

それでは、どうぞ。


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戦争と「はちみつ」


この子の名前は、アサル。「はちみつ」っていう意味なのよ。

彼女はそう言って、少し恥ずかしそうに「日本」という遠い国から来た私を見ている五歳の娘に微笑みかけた。ほら、齋藤先生に英語でごあいさつしてごらん?

アラブ首長国連邦の公立小学校で日本語教師として働き始めてから帰国するまで、通訳も兼ねていろいろと相談に乗ってくれたのは、高学年の英語を担当しているエクラスだった。国籍はシリア。ご主人も別の公立学校で英語の先生をしている。この日はいつもより早く終わった仕事の後に「家まで送るから一緒に帰ろう」と誘ってくれて、その途中、幼稚園に通っている彼女の娘、「はちみつ」ちゃんを迎えに寄ったのだった。

ごあいさつは、ともう一度言われたアサルは、小さな声で早口に「はじめまして」と言って私と握手すると、くすくす笑いながらエクラスの後ろに隠れてしまった。お母さんと同じ、白い肌。天然パーマのかかった栗色の髪の毛がふわふわと風に泳いでいる。エクラスの後ろからひょこっと顔を出すと、長い睫毛に縁どられた大きな瞳も明るい茶色で、微笑むと光の加減で一瞬金色に見える。

エクラスは学校に何人かいる英語の先生たちの中でも、ずば抜けてきれいな発音の正確な英語を話した。学校に欧米からのお客様が来た時に通訳をするのはいつも彼女だったし、教育委員会などに提出する英語の書類(公文書はアラビア語と英語、両方用意しなければならない)をチェックするのも彼女だ。何度も見学させてもらった授業は沢山のゲームや歌がテンポよくたくさん出てきて、大人の私でも飽きなかった。

そんなエクラスとここのところしばらく途絶えていた音信がようやく復活したのは、先週のことである。彼女の実家は、現在さらに情勢が緊迫しているシリアにある。

「ダマスカス市内の実家が爆撃を受けて、両親も兄弟も避難したの。幸いみんな今は無事だけれど母は癌を患っていて、でもそういう状態だから治療を受けることも薬をもらうこともできない。心配でたまらない。せめて両親だけでもアブダビに呼び寄せたいのだけれど、アブダビ政府はシリア人へのビザの発給をストップしちゃったの。」

夜遅く、きっと急いで打ちこんでくれたのだろうメールに、私は絶句するしかなかった。以来ずっと、授業をしている彼女の元気な声やアサルの小さな手が、頭の中をぐるぐると巡り続けている。

by chicayoshi | 2013-09-07 20:40 | アブダビ | Trackback | Comments(0)

短歌結社「かりん」所属齋藤芳生のブログです。「みしゅみしゅ」はアラビア語で「あんず」のことです。主に齋藤芳生の掲載情報やエッセイなど。最近は写真も好きです。どうぞよろしく。


by chicayoshi